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最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)193号 判決

東京都港区芝南佐久間町二丁目一番地

上告人

杉本龍介

同所同番地

杉本穰二

同所同番地

杉本寿二

右三名訴訟代理人弁護士

高橋真三次

同都渋谷区猿楽町三番地

被上告人

世良峰三

右当事者間の報酬金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二四年七月八日言渡した判決に対し、上告人等から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人等の負担とする。

理由

上告代理人高橋真三次の上告理由第一点について。

昭和二四年二月二五日の口頭弁論において上告人等が証人林下稔の訊問を申請したのに対し、原審がその許否を決定することなくその後結審したことは本件記録に徴して明らかであるが、訴訟の指揮及びその経過に徴し原審は所論の証人申請を取調の要なきものとして暗黙に排斥したものであることが窺われる。のみならず原審が上告人等の申請に基き、右林下稔に対すると同一の立証事項について上告人杉本龍介を本人訊問してゐることも記録上明らかであるから所論唯一の証拠を取調べないで上告人等の主張を立証がないとして排斥したということはできない。論旨は理由がない。

同第二点について。

上告人等は本件契約締結当時である昭和二二年五、六月頃は所謂インフレ進行中であり、取引は迅速を主としていたので、殊に価格三十万円を超ゆる如き売買契約については契約成立と同時に代金の一部又は全部の支払を受ける商慣習があり、上告人等も右の慣習によるべき意思を有していたものと解すべきであること、従つて原審の認定した売買契約成立と代金支払時期との間に何等の制限を設けないで単なる仲介人に過ぎない者に、代金の一割以上(本件代金は三十一万円、報酬は四万円)を与えることを約する如きことは、当時の商取引の通念に合致しないことを主張し、これらを理由として原審の事実認定が、商慣習を看過し、意思表示の解釈に関する実験則に反し、採証の法則に反するといふのである。然し所論の如き商慣習の存在については、上告人等は原審において何等主張も立証もしていない。また原審の認定した契約の内容が商取引の通念に反しないことは明であり、採証の法則に反する点も何等認め得ない。要するに論旨は原審の認めなかつた事実に立脚して、原審の事実認定を攻撃するに外ならないので採用することを得ない。

同第三点について。

原判決は所論の通り理由中の冒頭において「被控訴人と控訴人等との間に被控訴人主張通りの内容の報酬契約がなされたことは当事者間に争がない」と判示している。これは「報酬契約締結後十日内に売買契約が成立し、代金の全部又は一部の支払のあつた場合に限り報酬を支払う約束であつた」との上告人等の主張(即ち被上告人主張の請求原因の一部に対する否認に当る主張)を無視し恰かも争がないものとしたかの如く見えないこともない。然し、上告人等の右の主張については原判決の理由中において、証拠により判断を加えており、上告人等の否認に拘らず、争なしとして取扱つたものでないことは明白であるから、論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔)

昭和二四年(オ)第一九三号

上告人 杉本龍介

同 杉本穰二

同 杉本寿二

被上告人 世良峰三

上告代理人弁護士高橋真三次ノ上告理由

第一点 原判決ハ当事者ノ申請シタル証人訊問ニツキ許否ノ決定ヲ為サザルニ依ル理由齟齬ノ違法アリテ破毀セラルベキモクト信ズ。

即チ上告人(控訴人ニシテ被告)ガ原審昭和二十四年二月二十五日ノ口頭弁論期日ニ於テ証人トシテ三井鉱山株式会社、社員某並ニ杉本龍介、林下稔ノ三名ヲ申請シ、同年三月九日書留ヲ以ツテ訊問事項添付ノ上証拠申立書ヲ提出シタルニ拘ラズ、証人林下稔ニツキ証人訊問ノ決定ヲスル事ナク、其ノ後審理ヲ終結サレタルモノニシテ、告上人ガ原審ニ於テ、新タニ主張セル係争ノ報酬契約ノ定ムル「映写機ノ売買契約ノ成立ガ被控訴人ノ斡旋ニ依ルモノナルヤ否ヤ、又係争ノ報酬契約ガ見積書ノ有効期間ノ十日間ニ限リ効力ヲ有スルモノナルヤ否ヤニ」関シ親シク其ノ交渉ニ当リタル証人ナレバ事実ノ確定ノ為メニ極メテ重要ナルニ拘ラズ、之ガ証人訊問ニ付キ何等ノ決定ヲ為サザルハ証拠調ベニ関スル実験則ノ違背ニシテ、此ノ違法ハ事実ノ確定ニ影響ヲ及ボス事大ナルハ勿論ニシテ現ニ判決ハ其ノ理由中ニ「……未ダ控訴人等ノ右主張事実ヲ認メ難ク、ソノ他之ヲ認ムルニ足ル証拠ハナイ。」トシテ証拠ノ足ラザルヲ自認ス。即チ申請ニ係ル直接証人ノ訊問ニツキテハ許可ヲ決定セズシテ、証拠説明ニ至ルヤ「……其ノ他之ヲ認ムルニ足ル証拠ハナイ。」ト断ズルハ正ニ理由齟齬ニシテ民事訴訟法第九五条ノ違背アリト信ズ。

原審ハ須ラク当事者ノ申請シタル証人林下稔ニツキ訊問ノ許否ヲ決定シ、次イデ当事者ノ立証ノ終ルヲ待チテ事実ノ審理ヲ終結スベキモノナルニ、コノ此処ニ出デザル原判決ハ結局理由齟齬ノ違法アリテ破毀ニ値スト信ズルモノナリ。

第二点 原判決ハ商慣習ヲ看過シ、意思表示解釈ニ関スル実験則ヲ無視シ且ツ採証ノ法則ニ添ハザル違法アリテ破毀セラルベキモノト信ズ。

即チ原審記録ヲ精読スル時ハ本件ハ昭和二十二年五月中、被上告人(被控訴人ニシテ原告)ガ上告人ヲシテ訴外三井鉱山株式会社ヘ、ローラ式映写機一式ヲ売込マシメ上告人ハ売主トシテ被上告人ハ仲介者トシテ互ニ利益ヲ得ンコトヲ目的トシタル商行為ニシテ、只上告人ハ物価変動ノ甚シキ折柄、所謂インフレーシヨンノ進行当時ニシテ中元興業前ノ五月中ノコトナレバ物価ノ値上リヲ考慮シ見積書ノ有効期間ヲ十日ノ短期間内ニ制限シ、此ノ期間内ニ見積価格、代金一部ノ受領方法、商品納入期限其ノ他ノ条件ヲ付シテノ商談ノ成立ヲ欲シタルモノニシテ、日時ニ制限ナク漫然ト売買契約ノ成立ヲ待ツガ如キモノノ売込ミヲ依頼シタルモノニアラズ、而カモ昭和二十二年五月頃ニ於テハ価格三十万円ヲ超ユル映写機ノ売買契約成立ニツキテハ、契約成立ト同時ニ代金ノ一部又ハ全部ノ支払ヲ受クル商慣習アリテ本件上告人等モ右ノ商慣習ニヨルベキ意思ヲ有シタルモノト解スルヲ相当トスベク、従ツテ前記ノ如ク十日以内ニ契約成立ノ通知ヲ受クルニ非ザレバ報酬契約ハ御流レニスルトノ言明ハ、其ノ真意「期間後ニ至リテ売買契約成立スル事アリトスルモ値上リニヨル増額ヲ為サザル限リ報酬金支払ハ不能ナル事ヲ」意味スルモノト解スルヲ以テ取引社会ノ通念ニ従フモノト謂フベク、此ノ通念ヲ排除シテ当事者タル売主ニ対シテハ値上リニヨル損害ヲ余儀ナクセシメツツ、特別ナル協力ナク、又特段ナル契約ナキニ拘ラズ、単ニ仲介人ニ過ギザル者ヲシテ売上代金ノ一割以上(本件ハ代金三十一万円報酬四万円ノ約定)ニ相当スル報酬金ヲ取得セシメント解スルガ如キハ、意思表示解釈ノ実験則ヲ誤リタルモノニシテ商取引ノ通念トシテ認容サルベキモノニアラザルノミナラズ、法律行為ノ解釈トシテモ妥当性ヲ失フニ至リ到底許サルベキモノニアラズト信ズ。

本件被上告人ハ上告人ヨリ十日以内ニ商談成立ヲ条件トセル三十一万円ノ代金其ノ他二、三ノ条件ヲ附シタル見積書ヲ受取リ、其ノ知人ナル三井鉱山株式会社厚生部労務課ノ太田徳太郎迄提出シタル事。

其ノ後太田徳太郎ノ内報ヲ受ケテ上告人ニ所謂スパイノ如クシテ伝ヘタル事実アル如クニシテ、此ノ事ハ原審並ニ第一審ニ於ケル被上告本人、証人太田徳太郎、上告人杉山龍介、同穰二ノ証言ニヨリ認メ得ルモ、是レヲ以テシテハ三井鉱山株式会社部内ノ決定意思ヲ担任者ニ非ルモノガ情報ヲ洩ラシタル好意ハ認メ得ラルルト雖モ、之ヲ以テシテハ売買契約ガ約旨ノ期内ニ不成立ナリシ事実ヲコソ認メ得ベク、契約成立トハ到底認メ得ベカラザル事ハ記録ヲ精読スル時ハ各証人ノ証言ニヨリ寔ニ明カナリト言ハザルベカラザルニ拘ラズ、原判決ハ漫然ト仲介ニヨル売買契約成立シタリトノ解釈ヲ取リタルハ前記ノ如ク意思表示解釈ニ関スル吾人ノ実験則ヲ誤解シ採証法則ニ副ハザルニ原由スル違法アリト信ズル次第ナリ。

証人太田徳太郎ノ証言ト、宮崎豊治ノ証言ヲ彼此レ考ヘ合ス時ハ訴外三井鉱山株式会社ノ意思表示解釈ニツキテハ原判決ノ解釈認定ハ極メテ不当ノモノナリト信ズ。

第三点 原判決ハ当事者者ノ主張事実ヲ誤解シタル違法アリト信ズ。

原判決ハ其ノ理由ノ冒頭ニ於テ

「其ノ際被控訴人ト控訴人ノ間ニ被控訴人主張通リノ内容ノ報酬契約ガ為サレタ事ハ当事者間ニ争ガナイ。」ト説明サレテアリマス。尤モ原審ニ於ケル昭和二十四年二月二十五日ノ口頭弁論ニ於テ被上告人ハ本件報酬契約ハ被控訴人ノ斡旋ニ依ツテ売買契約ガ成立シタ時効力ヲ発生スル停止条件付キ契約デアルト釈明シ、上告人ハ之レニ対シテハ其ノ点ヲ認メタルモ、上告人ハ上告人ノ主張スル見積書ノ有効期間ノ十日以内ニ契約成立シタル時ノ越旨ナル事ハ其ノ後ノ口頭弁論期日ナル同年五月三十日ニ釈明シ、之ノ点ヲ明確ニシタルノミナラズ、上告人ハ控訴状ニ明記シタル如ク新タナル主張トシテ係争ノ映写機ヲ訴外三井鉱山株式会社ニ三十一万円ヲ以テ売却シタルハ、被控訴人ノ仲介ニヨリ約定期間内ニ商談成立セザリシ事実、昭和二十二年六月中旬頃三井鉱山株式会社ニテハ購入ノ予算ナキヲ理由トシテ上告人ヨリノ売込ミ商談ニ応ゼザリシ事実、之レガ為メ値上リ一割以上ニ及ビ約定ノ報酬金ヲ支払ヒ得ザルニ至リシ事実ヲモ主張シ、且ツ立証シ来タツタモノデアリマス。

上告人ノ争ハザル報酬契約トハ約定期間即チ見積書ノ有効期間ノ十日以内ニ商談成立シタル時ノ報酬契約ノ意味合ニシテ、被上告人ノ主張スル仲介ト売買成立トノ間ニ時間的制限ヲ有セザル停止条件付報酬契約ノ如キハ上告人ノ争フ主ナル争点ノ一ツニシテ其ノ事ハ本件ヲ通ジテノ終始一貫セル抗弁事実ナリ。

前記昭和二十四年二月二十五日ノ口頭弁論ニ於テハ表現ニ付キ簡明ヲ欠キタル嫌アリト雖モ前後ヲ通ジテ其ノ主張ノ変ル所ナキモノナリ。

然ルニ原判決ハ先ヅ冒頭ニ於テ争ハルル報酬契約ナルモノナク報酬契約ニハ争ガナイト認定サレタルハ当事者ノ主張ヲ誤解シタルモノニシテ、此ノ誤解ガ前提トナリ、従ツテ被上告人ノ申請ニ係ル書類(見積書)取寄ノ如キ不必要ト決定サルルニ至ルベク、斯クシテ事実誤認ノ結論ニ到達スベキ筋ナレバ本件上告ニヨリ明断ヲ仰グ次第ナリ。

以上

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